「俺の年金に感謝しろ。誰のおかげで、飯が食えてると思ってるんだ」
四十年連れ添った妻に、夫はそう言い放ちました。病気の姉のいる故郷の海を、少し見に行きたい。妻のその願いすら、金の無駄だと切り捨てて。
翌朝、目を覚ました家に、妻の姿はありませんでした。食卓に残されていたのは、恨み言ひとつない、たった一枚の置き手紙。ゴミ出しの曜日、通帳の場所、血圧の薬。淡々と綴られた覚え書きの最後に、こう添えられていました。「しばらく、わたしの人生を、生きてまいります」と。
どうせすぐ帰る。そう高をくくっていた夫を待っていたのは、通帳の底が見えてくる、思いもよらぬ現実でした。四十年、「俺が一人で食わせてきた」と信じていたこの暮らしは、いったい誰が支えていたのか。
これは、感謝を強いた夫と、静かにその手を離した妻が、六十を過ぎて初めて向き合う、ひとつの夫婦の物語です。
感謝とは、強いるものではなく、気づいた側が差し出すもの。
あなたの隣にいる人は、あなたのために、どれだけの我慢を、黙って呑み込んでいるでしょうか。
どうか最後まで、この夫婦の行く末を見届けてください。
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